1987年の思い出~駿台で何を学んだか~

1986年の思い出では、高校入学後に底辺に没落したこと、そして意を決して駿台予備校に通い始めたことを述べました。

駿台5号館の思い出

1987年3月20日、駿台5号館。この年に開設された真新しい校舎で緊張しながら入学手続きを済ませました。

この日は、東大合格発表の日。駿台の職員が刷りたての合格速報パンフレットを校舎内で配っていました。この年は、東大と京大をダブル受験できる「国立大学の複数受験」の初年度。パンフレットの内容は詳しく覚えていませんが、東大合格発表というのは、一種お祭りのようなもので、改めて「東大ってすごいんだなー」と思ったのです。もしかすると、これが東大に行きたいという気持ちの原点になったのかもしれません。

さいかち坂

駿台といえば御茶ノ水のイメージが強いのですが、この5号館は御茶ノ水というよりむしろ水道橋といったほうがいいですね。目の前に急な坂(さいかち坂)があって、水道橋駅からくると、校舎のまえでヘトヘトになってしまいます(わたしは、飯田橋から歩いてきたので、最後にこの坂を上るのが余計疲れた)

近くに名門女子高・桜蔭高校があり、同じクラスに同校の生徒が多数在籍していました(ちなみに桜蔭は当時から女子高NO1ではありましたが、東大合格者はそれほど多くはありませんでした)。

テキストが薄い!!

駿台に入って最も驚いたのはテキストがやたら薄いこと。

予備校といえば、大量の宿題を与え問題をひたすら解かせるというイメージがあったのですが、駿台はそういう方法論はとらなかったようです。良質で本質的な少数の問題を通じて、生徒に考える力・考える習慣を体得させる。これが、駿台の特徴といえるでしょう。

また、講師による差が生じないよう、各科目とも指導方針が統一されていた点も駿台の特徴でしょうか。特に英語は、盟主・伊藤和夫の唱える「構文主義」が各講師に浸透しており、すでに高2にして「英文解釈教室」の一端に触れることができたのです。

ただ、駿台の授業だけでは、単語力は身に付きません。そこで、併行して森一郎先生の「試験にでる英単語」(青春出版社)、通称「でる単」に手を出しました。

いまは、でる単よりも優れた単語集が多数出版されているようですが、当時、単語集といえばこの本をおいてほかにありませんでした。

夏休み、この本をしゃぶりつくすように徹底的に覚え、そして、駿台の考え抜く授業で脳みそに汗をかく、、、この繰り返しにつとめました。勉強って楽しい!と思ったのがこの頃です。

学年トップクラスへ そしてあの本と出会う

この成果はすぐに現れました。

高2の9月に行われた学校の校内試験で、いきなり11番に。

高1の2月に280番台だったことを考えると、一気に250人以上を追い抜いたのです。

正しいやり方、それを倦まず弛まず実践すれば成果に直結することを実感しました。

調子に乗りやすい私は、漠然と一橋、あわよくば東大に行きたいな~と思い始めました。

12月には、河合塾池袋校で数学の冬期講習を受講。そして、88年2月に行われた駿台の全国模擬試験でソコソコの成績をおさめると、「よし、東大を第一志望にしよう!」と思うようになったのです。

そして、ちょうどこの時期、私の受験勉強の命運を決したあの本と出会ったのです。

そう、和田秀樹さんの「受験は要領」(ゴマブックス)。詳細は次回に譲ろう。

コメント

  1. yandanxvurulmus.jn1oQiryULPL

  2. UtnvBrash より:
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